2019年6月

目次
国滅ぶとも正義は行わるべし 日本の変革は安倍政権の終焉から
香川県警の捜査放棄と冤罪捜査(その194)
日産・西川社長の不起訴は捜査放棄なのか
「襲撃」に「賄賂」と「疑惑」まみれ
寿和工業・名進研・としわ会、清水氏一族の「行状」を”ブツ”で研究(その2)
「反社」疑惑の明浄学院・大阪観光大学
留学生のアルバイトで組織的「ピンハネ」か?
香川県政を歪める大山一郎県議の暴走(その4)
県会議員選挙のトップ当選は「期日前投票」の悪用
「郷鉄工」破綻の闇解明を求め石川歩・元常務を詐欺で告訴へ
警視庁麹町警察署に被害相談 消えた5500万円

国滅ぶとも正義は行わるべし 日本の変革は安倍政権の終焉から

国民の怒り咆哮 小泉進次郎衆院議員 小泉純一郎元首相

先月25日から3泊4日でアメリカのトランプ大統領が、日米首脳会談のために日本を訪問した。安倍首相とのゴルフ・相撲・六本木の居酒屋など(の蜜月?)を見る限り、これって夏の選挙対策にトランプ大統領を利用したようにしか本紙川上には見えない。平成から令和になり従来型の政権運営手段は通用しない世界情勢を迎えたのだ。
これからは大きく変わっていく。いや、変わっていかざるを得ない。その牽引車は、いうまでもない次のレジームのトップに立つ人物である。小泉進次郎氏その人であることは、従前より本紙からも期待を込めて発信している。
小泉氏からも重大な発信がなされている。本紙の使命として、心置きなく取り上げなければならない。

 

日本の「ニューフロンティア」~22世紀を見据えた日本の変革とは
ハムレ所長、御紹介いただきありがとうございます。
皆さん、金曜日の午前中というお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。週末を直前にして、こんなに素晴らしいゲストの皆さんにお集まりいただくのは CSIS にとって大変だったと思いますが、本日は皆さんにお会いできたことを、心から嬉しく思います。

2007年にワシントン DC を離れて以来、初めて CSIS に戻ってくることができて本当に嬉しく思います。私の社会人としてのスタートがここCSIS でした。当時、これはすごいところに来てしまった、と圧倒されました。しかし、ここで時間を過ごすにつれて、政治のダイナミズムとはこういうものか、と理解するようになりました。

私にとって CSIS はもう一つの我が家であり、この地でやっていく上でそう思える場所があったことに感謝しています。

ワシントンDCを離れていた 12年間で変化したものもあれば、変化しないものもあります。CSIS は私が働いていたときとは全く違う、風格のある新しいビルに移りました。この新しい建物には馴染みがない一方で、幸いなことに、自分が大好きだった温かい雰囲気、家族のような絆を思い出させてくれる馴染みの方々がここにいらっしゃいます。

本日のイベントを企画して下さったCSIS の皆さんに感謝します。CSIS に在籍していた当時の私は、マイケル・グリーン日本部長の指導の下、日米関係の新たな側面を探求していました。当時、この街の日本の友人たちは、日本の政治や経済の将来、特に 日本に持続的な政治のリーダーシップが欠如していることに対し不安を覚えていました。

安倍晋三・自民党総裁

そのような状況下で、私は日米関係をより強固なものにするための手がかりを探り、また、政治家になった際に向き合うべきことは何かを考え始めていました。もしCSIS での経験がなければ、私は、今とは異なり、また幾分か悲観的な見方をしていたかもしれません。当時とは対照的に、今、私は日本の将来は明るいと思っています。それこそが本日、私がここにいる理由です。私は政治家になりこの10 年間、国会議員として4期目となりますが、政府と党の両方で役職を経験しました。政治とは未来を切り拓くものです。本日は日本の未来について私がどう考えているかお話したいと思います。

日本はニューフロンティアに足を踏み入れんとしている。人口減少と人生 100 年という「ニューフロンティア」の時代において、日本が将来にわたって発展できるよう、22 世紀を見据え、変革し続ける。 それこそが、本日私がお伝えしたい最も重要なメッセージです。

私の経歴について少しお話しましょう。私は日本の横須賀で育ちました。横須賀のレガシーは、日本が徳川幕府の下で鎖国していた時代にまで遡ります。そう、1853 年にペリー提督が横須賀に上陸したときから日本の開国が始まりました。今日、横須賀にはアメリカ第7艦隊の本拠地である海軍基地があります。これはアメリカ国外で唯一の米空母の母港です。日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、日米同盟は日本の安全保障と地域の安定にとって不可欠です。

日本に米軍が駐留することは抑止力を維持する上で極めて重要です。そして、横須賀は米軍と地域社会との関係が良好なことでも知られています。横須賀を代表する者として、私はそのような良好な関係に大きな誇りを持っています。また、無私の精神で同盟に尽くしている米軍の皆さんの献身に心から敬意を表します。

子どもの頃から、私は横須賀とアメリカの間の特別な結びつきを感じていました。高校生のとき、私は甲子園を目指して毎日野球の練習をすることに夢中でした。そんな私が「トルネード投法」で有名なロサンゼルス・ドジャースの野茂英雄選手に触発され、メジャーリーグに代表されるアメリカの持つスケールの大きさに憧れを持ったことは極自然なことでした。しかし私にとってのアメリカはそれだけではありません。私は、日本の外に目を向け、大きなインスピレーションを求めていたのです。

野球は私の父親である小泉純一郎との関係においても重要な役割を果たしました。

2001 年から2006 年までの間、父は日本の総理大臣として日米同盟をグローバルな同盟に変革しました。その中でもブッシュ大統領との5年にわたる個人的な信頼関係は、今世紀に入ってから、特に 9.11 同時多発テロ以降、日本の外交政策を方向づけたといえます。父親としての小泉純一郎は、穏やかで、外から日本を見ることを私にいつも促していました。

父は「日本にいたら、日本のことはわからないぞ」と言っていました。当たり前のことのようですが、その言葉はアメリカで勉強したいと私に思わせるのに十分なほどパワフルでした。総理大臣だった父の功績と匹敵するようなものを残すことは決して容易なことではありませんが、私は自分のルーツを誇りに思っています。

5月1日から日本では「令和」の時代が始まりました。天皇陛下の生前退位は約200 年ぶりのことです。新しい時代が始まったばかりの今こそ、今後2、30 年を展望するのに良いタイミングです。これはまた、世界の最近の動向に照らせば特に重要です。

世界に目を向ければ、ルールに基づく自由主義の秩序が危機に瀕しています。この秩序に対する信頼も揺らいでいます。ルールに基づく自由主義の秩序が引き続き評価され、これまで同様の強固な支持を享受することはもはや当然視できなくなりました。「ヒルビリー・エレジー」(https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334039790)、ブレグジット、フランスでの「黄色いベスト」運動に見られるように、現状に不満を持つ有権者からの挑戦もあります。

多くの国々で、政治指導者たちは著しい分断や対立に直面しています。興味深いことに、日本はこのトレンドの例外であるように見えます。世界の政治情勢の変化にもかかわらず、日本は安定しており、極端な分断をこれまで経験したことがありません。今のところ日本には一定の予見可能性があります。しかし、同時に日本社会が課題に直面していることも事実です。人口減少、高齢化、経済成長の鈍化、また合意形成を重要視する(トップダウンの逆)文化など、多くの要因が日本の強みを失わせてきました。

私は、日本はこれからも「国際社会に対する関与」があってこそ日本は繁栄する、ということです。日本は自由で開かれた、ルールに基づく経済システムの裨益者です。天然資源がほとんどない中で、日本が生き残るための唯一の方法は、「国際社会に対する関与」を継続することです。言い換えれば、自由貿易とルールに基づく秩序は、日本にとって依然として重要であり、人口が減少する日本にとってはさらに重要になるでしょう。このことは、私の考える「変化しなければならないこと」に繋がります。

好むと好まざると、日本は変わらなければならない。日本は、「国際社会に対する関与」を深め、国際社会でより重要な役割を果たすべきです。これには3つの側面があります。第一に、アメリカとの協力を深めること。第二に、他の民主主義国と連携すること。第三に、日本がより大きな役割を果たすことができる分野を特定し、その役割を果たすこと。

第一に、日本の外交政策の基軸としての日米同盟は、日本が世界における自らの役割を定義する上で重要な前提であり続けます。変化する地政学的な情勢を背景に、政治、経済の両面において日本とアメリカはこれまで以上に運命を共にするようになっています。成熟したリベラル・デモクラシーとして、日米両国の同盟を支える戦略的意義は、将来より重要になり、また、より信頼に値するものになるでしょう。

日本がアメリカにとっての揺るぎない同盟国であり続けてきたことは疑うまでもありません。日米同盟の意義は、今世紀の成長の中心であり続けるアジア太平洋地域に日本が位置していることからも明らかです。インド太平洋国家としてのアメリカが日本との強固な同盟関係を維持する理由をここで改めて皆さんに説明する必要はないでしょう。

第二に、アメリカがインド太平洋地域に戦略的に関与し続けることを期待していますが、今後2、30 年の間にアメリカの相対的な強さと地域のダイナミクスが変化する可能性があります。

中国は少なくとも短期的には速いペースで成長すると予想されますが、インドやインドネシアのような他の新興国はインド太平洋地域でより大きな存在感を持つでしょう。日本とこれらの民主主義国の間にはさらなる協力の可能性があります。このような考え方は、日本の「FOIP」、「自由で開かれたインド太平洋」というコンセプトに既に反映されています。

 

第三に、日本は世界に貢献するためにより大きな役割を果たすべきです。安全保障面では私たちは正しい方向に進んでいると思います。一連の政策イニシアチブにより、既に日本はより多くのことができるようになりました。
しかし、ここで私は安全保障のみについて話をしているわけではありません。皆さんには私の世代にとっての最大の課題に関心を持っていただきたいのです。それは日本の人口減少と急速な高齢化です。世界第三位の経済大国である日本が縮小すること、そして老いることは大きな影響を持ちます。多くの国々が同様の課題に直面しており、また、近い将来、直面することが予想される中、アメリカを含め、全世界が日本の行方を固唾を飲んで見つめています。ここで問われるべきは、日本が自らを「変革」する準備ができているかどうかです。
アメリカのように人口が増大している国々と比べると、これは日本にとって喫緊の課題であるのみならず、日本が自ら解決しなければならない課題でもあります。言い換えれば、この課題の克服において、日本こそ、他の民主主義国の先駆けとならなければなりません。
日本の人口から話を始めましょう。ある推計によると、2100 年までに、日本の人口は、最悪の場合には現在の水準から半減し、6,000 万人になります。これに対し、世界の人口は 112 億人に増加するといわれています。日本は世界で最も急速に縮小する経済大国になり得るのです。間違いなく人口減少は私たち日本にとっての最大の課題です。
だからこそ、日本と世界の指導者の大半は、人口動態を通して日本の将来を見ています。課題の複雑さを考えると、そのようなアプローチは日本に対する否定的な見方を引き起こすものです。また、そう考えることは自然なことかもしれません。
多くの経済学者は、人口減少が悲観的な経済見通しをもたらす、としています。
人口減少が日本に新たな現実をもたらしたのは事実です。
しかし、興味深いことに、人口減少にもかかわらず、いや、むしろそれを契機として、日本のマーケットは近年著しく拡大しています。日本は現在、TPP11 や日 EU・EPA の発効により拡大した巨大な市場で競争しています。
さらに、他の国々を TPP に招くことや、アメリカとの新しい貿易協定、ASEAN、中国、インドなどとの RCEP 協定の交渉を進めるなど、自らの市場を拡大する試みは今も続いています。このように、過去 20 年間、私たちは自由貿易の旗手であり続けてきました。そして、これからもそうあり続けます。
1970 年代から 1980 年代半ばにかけて、日本は市場開放という大きな圧力にさらされ、「保護主義的」であるとして批判されてきました。
しかし、今、私たちは人口が減少しているからこそ、その繁栄と豊かさを享受し続けるために日本の外に目を向けなければなりません。一度今日の豊かさを達成したからには、国内だけを見ていてもそれを維持することは不可能になったのです。良くも悪くも、日本の人口動態の変化は社会全体に影響を及ぼしてきました。
農業も例外ではありません。農林部会長の時に、私はこの業界で過去10年間に何が起こったのかを目の当たりにしました。しかし、この伝統的な産業においてさえも、「変革」とイノベーションは進行中です。日本の農家は現在、海外市場に新たな可能性を見出しています。「100 億人(将来の世界の総人口)の市場に目を向ける」というスローガンの下、日本の農業は 2019 年までに1兆円という輸出目標の達成に向けて順調に成長しています。
AI と IoT の時代においても、人は食べなければ生きられない。新興国及び先進国の双方で中産階級が拡大しており、健康な食を通して長寿を求める人々がますます増えています。これが日本の農産物に対する需要を増大させています。日本の農産物輸出は今後も伸び続けると私は確信しています。
人口減少によって労働市場もまた変化しました。現在、日本は完全雇用に近づいていますが、経済成長するためには、より多くの労働力を必要とします。このことは日本において女性の積極的な社会参画を促し、熟練した外国人労働者に門戸をより開く推進力となっています。また、人口減少は日本における AI やロボティクスなどの革新的なテクノロジーの導入を後押ししています。
今後、人間にしかできない仕事とロボットに任せる仕事という新しい分業が生まれるでしょう。日本では自動運転と精密医療(参考:患者の個人レベルで最適な治療方法を分析・選択し、それを施すこと。)が新たに注目されています。
私たちには創造力と危機感があるからこそ、日本は、人口減少問題においてリーダーシップを発揮できる立場にあります。長年にわたり、人口減少は日本に対する冷笑と悲観的見方を強めてきました。しかし歴史的にいえば、日本は現在も含めて、その歴史を通して4回、人口減少を経験しています。したがって、人口減少自体は私たちにとって全く新しいものではありません。日本は10年前まで人口が増えていましたが、これは純粋に幸運だったといえるでしょう。そして、デジタル化の到来により、我々はこの課題に対処するための新しい手法を手にしました。今回の人口減少は、デジタル化より前の日本の経験とは大きく異なります。
それでは、日本の高齢化社会についてお話しましょう。日本は間違いなく人生 100 年時代の社会を創る最初の国になるでしょう。それを物語る数字をいくつか指摘したいと思います。
昨年、日本は 100 歳以上の人口で記録を更新しました。現在、日本には 100 歳以上の人口が7万人近くいます。この数は将来的には2倍、さらには3倍にさえなると予想されています。戦後の日本の平均寿命は男性が51歳、女性が 54 歳でした。今、この数字は男性が81歳、女性が88歳です。つまり、日本の平均寿命は過去70年間で30歳以上も伸びています。これが意味するのは、2019 年に生まれた日本の子どもたちは、22 世紀の幕開け(2101 年から)まで生きるということです。今、日本人にとって100歳まで生きることは、ファンタジーではなくリアリティになりつつあります。
実際、「LIFE SHIFT (ライフシフト)」の著者として有名なイギリスのリンダ・グラットン教授によると、2007 年に日本で生まれた子どもは、その 50 パーセントが107歳まで生きる可能性があるということです。
このような状況の中、日本の政治家、特に私や私の同僚のような若い世代の政治家が 22 世紀を見据えた政策について議論しているのは、決して珍しいことではありません。
皆さんには非現実的に聞こえるかもしれませんが、これが私たちにとっての現実なのです。

それでは、人生100年時代の社会はどのようなものなのでしょうか? 80歳の平均寿命を持つ日本の一般的なライフサイクルは、20 年間学び、40 年間働き、20 年間の老後です。このサイクルにさらに 20 年間を追加するとどうなるか想像してみて下さい。アメリカ人にとっては、リタイアメントが更に20年間延びるのかもしれません。しかし日本の場合は、恐らくそうならないでしょう。むしろ日本人は働き続けることを選ぶでしょう。

ある世論調査によると、人々がどれだけ長く働き続けたいのかを尋ねたところ、回答者の42%が、「可能な限り働き続けたい」と答えたそうです。日本には仕事をしたいという意欲に溢れた健康な高齢者がたくさんいます。このように、日本では、高齢化によってライフスタイルの「変革」、働き方の「変革」が求められているのです。例えば、人生 100 年になれば、65 歳で定年を迎えるのは早すぎる、となるでしょう。中には75 歳を定年にすべきであると提案する人もいます。(注:自由選択定年制や定年廃止の声もある。)

つまり、終身雇用やその他の戦後の人口増加時代の社会システムを維持しようとしている限り、日本の繁栄も生存もない、ということです。
人生100年時代を睨んで、私は自民党の厚生労働部会長として、また、その前から、社会保障、教育、そして働き方改革を含む日本の経済社会構造の変革に取り組んできました。先にも述べたとおり、日本はまもなく最も早いペースで人口が減少する経済大国になるでしょう。また、人生 100 年時代を迎える最初の国になるでしょう。人生 100 年時代を迎えようとしており、人口も縮小していくこの国に、果たして成功のチャンスはあるのだろうか。私はこの問いをよく自分に投げかけているのです。
そして、この問いに対する私の答えは、「イエス。人口減少と人生100年時代は、日本のニューフロンティアになる。」というものです。ここで鍵となるのは、「ニューフロンティア」という言葉です。1960 年の民主党全国大会での指名受諾演説の中で、私が尊敬するジョン F.ケネディは「ニューフロンティア」という言葉を用いて政権構想を打ち出しました。大統領就任後、この言葉は、アポロ計画を始め、ケネディ政権の様々な取組を象徴するものになりました。
とりわけアポロ計画、「ムーンショット」スピーチはアメリカの人々に大きな力を与えました。(参考:今年7月にはアポロ計画による月面着陸から 50 周年を迎える。)
ケネディ大統領のように、私は日本国民の力を引き出し、日本の未来に必要な全ての改革を実行し、そのために、全力を尽くす覚悟です。「第4次産業革命」の波は、最先端技術と「変革」を日本社会にもたらしています。「ニューフロンティア」の最先端に位置する日本は、新しい技術を真っ先に活用することができます。「第4次産業革命」は、日本の人口減少と高齢化社会という課題に対し新たな処方箋を提供するでしょう。さらに、日本には活力ある人生 100 年時代を創る力があります。
このように私は日本の「変革」の可能性に楽観的です。日本はこれからもアメリカにとって最も強い同盟国であり続けます。
本日御出席の皆様、ここで、もう一つ申し上げたいことがあります。それは、日本とアメリカの双方向の交流についてです。アメリカの強さは本質的に楽観的な国民性に由来する、とよく言われます。それは私がこの国で過ごしたときに学んだことでもあります。
アメリカこそ、希望という力と楽観主義が我々に何をもたらしてくれるのかを日本人に教えてくれました。政治の世界を生き抜いていく上でも、アメリカで学んだ楽観主義は、私の大きな力となるものです。私は、日本が、アメリカと世界にとって信頼できるパートナーであり続けることを確信しています。そして、私自身、日本が直面する課題や困難から目を背けることは決してありません。先ほどもお伝えしたように、日本の将来の指針となるのは、「国際社会に対する関与」と「変革」です。
そして、「国際社会に対する関与」と「変革」を可能にするのは、ロボットではなく、人なのです。これが、私が本日お伝えしたい最後のポイントに繋がります。
御存知のように、アメリカで勉強する日本人学生の数は減少しています。
ここで、イギリス人のノーベル文学賞受賞作家、ラドヤード・キプリングの言葉を紹介します。彼はかつて「イギリスのことしか知らない人が、イギリスの何を知っているというのだ?」と書きました。同じ質問は日本とアメリカについても当てはまるのではないでしょうか。特に今、日本で私のスピーチを聞いている人たちに申し上げたいのは、是非アメリカに足を運び、この地で学んでいただきたい、ということです。
メジャーリーグ・マリナーズのイチロー選手が3月に引退を発表したとき、記者会見で外国人になることの意味について触れました。「アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。このことは、外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。」
まさに私がアメリカで過ごしたときに感じたことです。
より多くの日本の皆さんが是非アメリカで学び、アメリカで活躍の場を求めてほしい。
同様にアメリカの皆さんにも日本に来ていただきたいと思っているのです。この2日間、私はこの地で出会った人々にこのことを繰り返し伝えてきました。日米間の交流、特に若い世代間の交流は、私たちの「変革」や「国際社会に対する関与」を深める上での礎になるでしょう。

そして、日本が非常に多くのことをアメリカから学ぶのと同様に、アメリカが日本から学ぶことも非常に多くあります。本日申し上げたように、今日の私があるのはアメリカで学んだからこそです。
もし私たちが互いに学び合うことを続け、また、そのような伝統を受け継いでいけば、将来にわたって私たちの同盟は強固なものであり続けることでしょう。
最後に、今日という日から、我々が、日本と日米同盟の将来を、今まで以上に楽観的に捉えられるようになることを願っています。
日本の「変革」と「国際社会に対する関与」に向けた私の期待と情熱を皆さんと共有することができたとしたら、これほど嬉しいことはありません。(小泉進次郎オフィシャルブログワシントンでのスピーチより抜粋引用)

 

いかがですか?
これはもう、今のレジームに対する挑戦状そのものではないでしょうか? 言わずもがな、ですね。本紙は、この主張をまるごと受け入れ、惜しみなく後押しさせていただく。
なぜなら、本紙川上自身が安倍官邸の権力(悪用)に苦しめられ、日本の将来を安倍晋三氏には任せられないからである。具体的な例を、捜査放棄と冤罪捜査から見てみよう。

 

本紙社主、川上道大に対する重大事件、とりわけ①自宅銃撃、②鉄パイプ襲撃事件、③自宅前襲撃事件、これらはまさしくテロ行為であり、厳しく糾弾、断罪されなければならないにもかかわらず、③はともあれ、①,②に関しては、未解決のままである。いや、もっと言及するならば、事件にすらなっていないのである。これは、今から12年余前の1996年10月30日に発生した岐阜県御嵩町町長襲撃事件も相似形とみてよい(※御嵩町町長襲撃事件は事件化している。
【概要】
1996年10月30日午後6時15分頃、柳川喜郎御嵩町長(当時63歳)が自宅マンションのエレベーター付近で2人組の犯人に襲われて、頭蓋骨骨折の重傷を負い、肺には穴が空いた状態で、午後6時半頃同町内の病院に運ばれ、一時重体となった。その後約1ヵ月間入院した。
事件が発生した御嵩町では産業廃棄物処理場の問題があり、被害者の町長は事件の1年半前に廃棄物処理場建設反対を掲げて当選した。さらに事件が発生する直前に町長の自宅から盗聴器が見つかり、2グループ計11名が電気通信事業法違反で逮捕されている。盗聴グループの主犯格らは盗聴の目的を「反対派町長のスキャンダルを探すため」と供述し、また寿和工業(御嵩町に処分場を計画した産業廃棄物処理業者)から数千万円の現金を受け取っており(現金の趣旨は「盗聴の報酬ではない」と供述)、盗聴事件が産業廃棄物処理場であることを見られたが、襲撃事件に結びつく証拠はでなかった。
公訴時効成立までに岐阜県警は延べ15万5000人の捜査員を投入、最大180人態勢で捜査をした。2011年10月28日に全国的に異例の時効に関する会見に警察が応じ、被害者に謝罪したが、捜査課題は残ったとしながらも、捜査には問題がなかったとした。

【県警に質問状】
柳川喜郎元御嵩町長は、2010年10月29日時効まで残り1年を前に岐阜県警本部長に質問状を提出した。質問は今後1年間の捜査方針、事件が未解決の理由など19項目。
産廃問題以外の動機の可能性があるとすれば、どのような可能性か。
なぜ寿和工業への強制捜査は行われなかったのか。
元町長は「産廃にからむ事件だと思うが、犯人にまったく心当たりはない。大事なのは暴力に屈せず、『間違っている』と一人ひとりが勇気を持って闘うこと。周りで沈黙するのは、暴力の加担したのと同じだ。一定期間がたてば、無罪放免になる時効自体の合理性に疑問が残る。殺人未遂も結果として被害者が生きていたというだけで、同じくらい重大な犯罪だ。時効は廃止、もしくは延長するべきだ」と心境を語った。
2010年12月7日、岐阜県警捜査1課の2人が柳川元町長宅を訪れ、回答書を手渡し「産廃問題関連を含め、あらゆる可能性を視野に捜査している」と答えた。寿和工業への強制捜査を行わなかった理由を「捜査上の必要性などを考慮の上」としている。また産廃問題が事件の背景にあるとの認識を示した。
柳川元町長は「満足出来る回答ではなかったが、『一生懸命頑張りたい』と言った県警幹部の言葉に期待したい。私はリベンジしたいのではなく、真実が知りたい。なんとしても事件の解明を。残り1年で犯人を捕まえてほしい」と話した。

 

現に被害者がそこにいるにも拘わらず、事件にすらなっていない。公訴時効であるとか、あるいは、未解決というようなものでもない。繰り返すが、事件にすらなっていないのだ。これはいうまでもなく、捜査側の意図的な謀によるものである。
事件というものは、まさに捜査当局の匙加減ひとつで如何様にもなるものということを、これから本紙は正鵠に主張していく。この匙加減というのは、その時代のレジームの考え方ひとつで、これも如何様にも動く。軸などないのだ。このことを肝に銘じておいていただきたい。
例えば――。
布川事件、国と県に賠償命令 「違法捜査で有罪に」訴え1967年に茨城県利根町布川(ふかわ)で起きた強盗殺人事件「布川事件」で無期懲役が一度確定し、2011年に再審で無罪となった桜井昌司さん(72)が、「違法な捜査によって有罪となった」などとして国と県に約1億9千万円と遅延損害金の支払いを求めた国家賠償請求訴訟の判決が27日、東京地裁(市原義孝裁判長)であった。判決は、国と県に連帯して約7600万円を支払うよう命じた。(2019年5月28日付東京新聞より引用抜粋)。

 

事件として扱ったものでも当局やその時代のレジームとの反撥があればこのような結果に陥ってしまう。まともな国家体制とは言い難い状況である。
冤罪、事件のもみ消し、今のレジームは問題山積みであることは、自明の理、である。
新しいレジームに向かって、新しい一歩を踏み出そう!

 

香川県警の捜査放棄と冤罪捜査(その194)

日産・西川社長の不起訴は捜査放棄なのか

日産のゴーン会長と西川社長

先(5)月、元号は平成から令和に替わった。この連載、「香川県警の捜査放棄と冤罪捜査」も194回を数える。
本紙川上が平成4年1月に四国タイムズを創刊した時の年齢は44歳。平成9年11月29日に暴力団若林組の川原豪に拳銃トカレフで銃撃されたのが50歳。平成12年1月19日の暴力団若林組の山中敏勝に家族同乗の車が鉄パイプ襲撃されたのが52歳。平成18年3月7日に暴力団若林組の森裕之に回転式拳銃で襲撃されたのが58歳。昭和22年5月9日生まれの本紙川上は先月9日で72歳を迎えた。
もうそろそろ、本紙川上の家族が巻き込まれた命に関わる未解決事件を、平成から令和に元号も替わったことだし解決してもいいのではないか。暴力団若林組に拳銃を提供したり、鉄パイプ襲撃事件では現場で襲撃を指示する役を担っていた香川県警の腐敗警官を逮捕してもいい時期が来たのではないか。従来型日本式の世渡りは通用しないということだ。
鉄パイプ襲撃事件の実行犯の山中敏勝は自殺に見せかけて拳銃で殺された可能性も強いが、平成9年の本紙川上の自宅に拳銃トカレフで5発の弾丸を発射した(最後の1発は暴発して右手首を損傷)川原豪は堂々と逮捕されることもなく社会生活を楽しんでいるではないか(いや、苦しんでいるのかな?携帯090・3780・1999)。
川原豪を逮捕しないのは、山中敏勝と同じように拳銃自殺に見せかけて殺すつもりなのかと疑いたくもなる。
幸い、鉄パイプ襲撃事件については平成15年、高松地検特別刑事部(当時:徳久正部長検事、恒川由里子検事、曽根英雄検事)が香川県警抜きで独自に捜査を展開していたのでいずれ白日の下に晒される日が来ることに期待する。
さて、この連載の延長で、日産のゴーン会長と西川廣人社長の話に移ろう。

2018年付朝日新聞

カルロス・ゴーン会長の逮捕・起訴は、テレビなどで繰り返しマスコミを賑わせているので詳細は省く。本紙川上が問題として取り上げたいのは日産の西川廣人社長。
実は、本紙川上は平成31年1月23日付けで西川廣人社長を東京地検特捜部に告発していたのである。

4月26日付で東京地方検察庁・廣田能英検事から処分通知書が届いた。
1、被疑者氏名 西川廣人
2、罪名 金融商品取引法違反
3、事件番号 平成31年検第11433号
4、処分年月日 平成31年4月26日
5、処分区分 不起訴

 

「不起訴」の理由を廣田検事に問い合わせた。検事から「不起訴理由告知書の請求」を提出するよう丁寧に教示してくれたので5月16日付で東京地検に送付。翌日の17日付で水野朋検事から「不起訴処分理由告知書」が、届いた。
被疑事件の不起訴処分の理由は、次のとおりです。
「嫌疑不十分」

 

なんと、ゴーン会長は逮捕・起訴されたが、ゴーン会長の犯罪を構成する決済文書を虚偽作成した西川廣人社長は嫌疑不十分とは。

不起訴の処分通知書

報道情報では東京地検特捜部が、西川社長と司法取引をしてゴーン会長の捜査を進めていたとも聞くが、この司法取引とは暴力団など拳銃や薬物などの捜査を対象に適用される捜査手法ではないのか。
日本特有の暴力団への捜査手法を、世界を股にかけて活動する大手企業に当てはめていいのか。世界から日本に進出して事業展開しようとする企業も、西川社長との司法取引でゴーン会長ら(外国人)だけが逮捕された事実を知ればどう解釈するのであろう。
ゴーン会長が逮捕・起訴されるなら、日産の代表取締役社長である西川廣人氏も、少なくとも起訴保留か、在宅起訴ではないのか。このままだと日本人は、卑怯者だとの烙印を押され、国益を損なうことは間違いない。
安倍官邸からの横槍が、検察の捜査手法に影響したのではないかと本紙川上は疑う。検事個々人の良識はあるが、検察という組織に政権の意向が影響することは絶対にあってはならない。
要するに、三権分立、報道を入れて四権分立の関係を健全に保つには、政権、すなわち一国の総理が良識を持ち合せていなければならないということだ。
兎に角、本紙川上の未解決事件を解決してもらいたい。

「襲撃」に「賄賂」と「疑惑」まみれ

寿和工業・名進研・としわ会、清水氏一族の「行状」を”ブツ”で研究(その2)

寿和工業と名進研小学校契約書

 

本紙川上が寿和工業元取締役、学校法人名進研学園、医療法人としわ会の元理事長、学習塾名進研のオーナー、清水利康氏から民事提訴されたことは、本紙2019年3月号で詳報した。清水氏側から、愛知県の大村秀章知事に「賄賂」が授受された可能性があるというものだ。提供された情報は的確なもので、根幹については間違いないと信じている。
だが、民間人でやれることは限度がある。ましてや個人情報に敏感な時代。後は、名古屋地検の厳正な捜査に期待したい。
そんな中、本紙への情報提供者から、気になる話を聞いていた。
「清水氏は名進研小学校の理事長になった時に、記者会見した時は医療法人理事長でもあるといっていた。だが、本当の姿は疑惑まみれの寿和工業ですよ」
そう言って、ある書面を提供してくれた。
〈業務提携基本契約書〉という題名のもので、2011年9月14日になんと、学校法人名進研学園と寿和工業株式会社の間で結ばれたものである。
産業廃棄物処理会社である寿和工業。過去に脱税で刑事罰を受け、本紙でも再三、触れているように1996年に起こった、御嵩町の柳川喜郎氏襲撃事件で捜査線上にのぼり、盗聴犯には億単位で資金提供していた「疑惑の会社」。事件当時、清水氏も役員であった。
なぜ、こんな契約が学校法人と締結されたのか。それは、契約書で一目瞭然である。第5条に〈産業廃棄物埋立処分場の跡地利用について〉という記載がある。
〈岐阜県多治見市廿原町字四反田820―2外における産業廃棄物埋立処分場が埋立を終了し、乙(寿和工業)が甲(名進研学園)に無償で当該用地の提供を申し込んだとき、甲はその用地に教育施設を建設することとする〉
寿和工業が産廃処分場として稼働させている多治見市の土地。産廃で、埋立が完了した使い道がないような土地に、名進研学園の関連施設を建設せよとしているのだ。

 

産廃が埋まった跡地に学校施設

 

こんな恐ろしい契約が学校法人と産廃処理会社で結ばれていたとは、本紙川上は唖然とした。
この契約書は、清水氏が名進研学園の創立者、豊川正弘氏と話し合い、5000万円を寿和工業名義で寄付した後に、契約された模様で、
「清水氏は豊川氏に小学校だけでなく、中学校や高校も将来的に設置してはどうか、資金提供もするという話をしていたそうです。清水氏がそこまで教育に熱心だとは聞いたことがなかった。この契約書から、産廃の跡地利用という魂胆が裏にあったようです。普通、産廃の跡地に学校施設の建設など認められるわけがない。そこで大事だったのが、大村知事だろうと言わんばかりでした」と本紙への情報提供者はそう話すのである。
また、契約書には、
〈産業廃棄物埋立処分地の社会的インフラとしての有用性を十分に認識した上で(中略)産業廃棄物埋立処分場の開発推進への啓発活動〉
〈小学校6年生の社会見学の行き先として、検討〉
などとあるのだ。
この契約書を名進研小学校の保護者に見てもらうと、
「産廃の跡地に学校だなんて、絶対にダメです。そんなことするなら退学させます。子供に産廃の社会見学は必要ない。小学校で大事なのは塾に行かずとも、良質な中学校に合格し、進学すること」と憤慨していた。
そして、柳川氏の襲撃事件当時、こんな記事が出た。1996年9月10日の読売新聞朝刊。契約書にある寿和工業の岐阜県多治見市の処分場の池に、
〈コイを放流してみせた“処理水”が、実は地下水だったことが、九日までの読売新聞社の調べでわかった。同県もこの事実をつかんでおり、業者側が再三強調していた産廃処分場の安全性にほころびが出始めた〉
〈(処分場の)廃液は「活性汚泥 酸性凝集 凝集沈殿」三段階で浄化処理されるとし、パンフレットにもコイが放流池で泳ぐ姿が写真入りで紹介され、「処理水の放流」として安全性が強調されている。
ところが、さる六月末、計画に反対する「みたけ産廃を考える会」が現地視察した際、同社側の了解を得て、処理前の原水と処理後の放流水を採取、専門家に分析を依頼した結果、「処理水は単なる沢水か井戸水」との回答だった〉
〈県担当者は「コイの池の水は処理後の水とは言い難い」として、同施設の*処理水*とされる池の水は地下水とほぼ断定。衣斐昭彦・県環境整備課長は「*寿和工業*のパンフレットの説明は不適切。早急に同社を呼んで、誤解を招かないよう指導したい」と話している〉
寿和工業は産廃処分場の廃液を処理した水の中をコイが泳いでいると安全性を強調。だが、その水は処理水ではないとバレて、岐阜県も認めているという。寿和工業は「嘘八百」をついていた「疑惑」の場所なのだ。
柳川氏も本紙川上に、
「コイが泳いでいるというウソの話には、本当に腹が立った」と怒っていた。
そんな場所に学校施設を建てるというのは、安全上も道徳上も、不適格であることは明らか。
そして、本紙川上は契約書が実に奇妙であることに気づいた。最後の署名捺印欄が、
〈医療法人としわ会 理事長 清水利康〉とされていたのだ。
柳川町長襲撃事件当時は寿和工業の取締役だった清水氏。だが、2006年に退任。登記から見ると、契約書作成時点で、寿和工業の取締役や社長ではないのだ。
清水氏はどういう権限で、寿和工業に関する契約書を作成し、締結したのか。医療法人としわ会が寿和工業の契約に関与できるのか。これは私文書偽造とその行使にあたる可能性もある。学校法人の監督機関、愛知県もしっかり、調査すべきでないのか。
要は、産廃処理業「寿和工業」と医療法人「としわ会」は一体であり、清水氏は自由に操れる立場にいたとの証明ともとれる。今後もさらなる追及をしてゆく。

 

「反社」疑惑の明浄学院・大阪観光大学

留学生のアルバイトで組織的「ピンハネ」か?

本紙で追及している、大阪の明浄学院高校と反社会的勢力の関係。
4月号では、明浄学院高校と同じ学校法人、大阪観光大学の観光学部のZ教授と指定暴力団、神戸山口組との「怪しい関係」を明らかにした。
本紙の報道と前後して、Z教授は大阪観光大学のサテライト校の代表から、名前が消えたという。大阪観光大学のサテライト校は、主に外国人を対象に、日本語の教育を実施しているという。
「Z教授は、サテライト校に外国人をとあちこちで勧誘していました。しかし、Z教授と反社会的勢力の関係は、こちらでも以前からささやかれていた。とても、外国人を預けられる教育環境ではないので断った。それに、Z教授は、モノを扱うような感じで外国人を入れてくれ『30人くらいなんとかならないか』と言い、営業をかけている感じでした。教育よりカネが頭にあるかと思った」
と地元の関係者は話す。
本紙・川上がすでに報じているように、Z教授は神戸山口組の関係者に学校法人の売却を打診していることが明らかになっている。学校法人は、売買の対象にはならない。
「Z教授は、理事長などの役員を変更させることで売却したいという意向やった。いわば脱法行為。そういう知恵がすぐに浮かぶような人間やから、ワシらのようなヤクザに頼ってきたんやろうな」
とこれまで本紙に証言してくれていた、神戸山口組の関係者はそう打ち明けた。
大阪観光大学の外国人の学生を巡る問題は、Z教授だけにとどまらない。大阪観光大学にほど近い、関西国際空港。昨年実績で、年間旅客数2800万人と成田空港、羽田空港に次ぐ規模。日本を代表する空港だ。
毎日、午後になると大阪観光大学周辺から関西国際空港へ、向かう学生の姿がある。観光と校名にまである、大阪観光大学。勉強にも役立つと関西国際空港で、アルバイトをしている学生が日本人や留学生を問わず、たくさんいるという。
一般的には、学生が自分の希望するアルバイトを探して応募すればいい。しかし、大阪観光大学の一部の学生は、特定の人材派遣のF社がアルバイトを斡旋しているというのだ。
本紙は、大阪観光大学のある学生のアルバイトの給与明細を入手した。時給が1000円に届かない数字が記されていた。そして、本紙にはもう一つ、資料を手にしている。F社と関西国際空港の中で仕事をしている、業者との契約内容を記した書面だ。
そこには、学生一人当たりの時給が1000円をはるかに上回る金額が出ているのだ。F社が差額を「ピンハネ」しているのだ。
「たぶん100人以上がF社の斡旋でアルバイトをしているという。空港内で荷物の運搬するなど、体力勝負の仕事。運動部や中国からの留学生が、多い」
と先の学生は話す。
例えば、1人の学生が1日5時間、時給1000円で仕事をしたとする。だが、F社が1500円で関西国際空港側の業者と契約していたとする。一日一人の派遣につき2500円が「ピンハネ」となる。
それが1日あたり100人となれば250万円の「ピンハネ」。それが1か月30日で計算すれば、750万円に跳ね上がる。本紙が取材したところ、F社は日本人と外国人留学生、あわせて200人ほどに仕事をあっせんしているとみられる。
「みんな仕事は、大学で野球部を指導しているAさんを通すことになっている。Aさんが学生をF社に紹介することで、かなり儲けていると学生の間ではブーイングです。そんなたくさんピンハネされているなら、バイトを変えようかなという声しきり」(前出・学生)

 

どんな仕事でも、利益を追求せねばならない。「ピンハネ」もその一つだ。だが、問題は大学関係者が斡旋に関与し、利益を得ている可能性があるという点だ。
反社会的勢力と密接な関係が疑われる大阪観光大学。また、新たな疑惑が浮上した。

 

香川県政を歪める大山一郎県議の暴走(その4)

県会議員選挙のトップ当選は「期日前投票」の悪用

大山一郎選挙事務所

《…4月7日、香川県会議員選挙の投開票があった。なんと、六代目山口組二代目若林組大山組の大山一郎組長が、高松市選挙区で1万1千533票を獲得してトップ当選した。投票率は37・54%だ。
選挙の投票率が今回、全国で香川県はワースト2だったとすれば、香川県の有権者は投票に行くこと事態に嫌気を感じていたのではなかろうか。…》
これ、本紙の先月号から引用した。
というのは、トップ当選した大山一郎組長の投票数の1万1千533票が、意外と少なかったからだ。
だってそうでしょう。
大山一郎組長県議の選挙戦術は、「期日前投票で勝負をかける。1万5千票から2万票は取るぞ」と選挙前には豪語していたからだ。
本紙川上は先(5)月30日9時過ぎ、高松市選挙管理委員会の水田晶・事務局長を訪ねた。取材のテーマは、ズバリ大山一郎県議の「期日前投票の悪用」についてである。
「4月7日に投開票があった県会議員選挙で、白票はいくらあったか?」
「香西本町のイオンモール(専門店1階南中央入口東側宝くじ売場横)に、期日前投票所を設置したのはいつからか?」と尋ねた。
水田事務局長は丁寧に資料を手渡して説明してくれ、
「県議選の白紙投票は1663票。イオンに期日前投票所を設置したのは、平成26年8月から」だと説明してくれた。
なるほど、大山一郎県議が今回獲得した投票数は1万1千533票。水田事務局長が教えてくれた白票を加えると1万3千196票になる。
ということは、イオンモール高松に隣接して設置していた「大山一郎選挙事務所」に、坂出の「株式会社サクセス」から呼び出されて期日前投票を強要された関係者が、不満を表明するために白票を投じたということになる。

イオンモール高松の期日前投票所

だってそうでしょう。
大山一郎県議組長が、今回の選挙は、1万5千から2万票を取ると豪語していたのであるから、六代目山口組二代目若林組の篠原重則組長は当然に企業舎弟に命じて、大山一郎兄弟のために総動員して期日前投票に行かせたはずだ。
ところが、香川県警(良識派)や本紙の日本タイムズからスポットが当たったものだから、投票を強要された関係者が白票やら投票したように装った結果が1万5千票に届かなかったのではあるまいか。
さらに、本紙川上は水田事務局長に質問した。
「期日前投票を悪用する大山一郎県議については、目こぼしですか?」と。
水田局長「だめですよ。そのために期日前投票前に、宣誓書を書いてもらうのです」
本紙川上も納得。
なぜ期日前投票では宣誓書が必要なのですかを、インターネットで調べた。
《お答えします
「選挙人は、選挙の当日、自ら投票所に行き、投票をしなければならない。」(公職選挙法第44条)と定められており、投票日当日に投票するのが原則であり、期日前投票は例外として認められています(同第48条の2)。そして、期日前投票をしようとする場合は、宣誓書によって申し立てをしなければならない(同施行令第49の8)と定められているため、宣誓書が必要となっています。》
なるほど、そうだ。
大山一郎県議組長が選挙戦術で利用する期日前投票とは、投票日に仕事や旅行で高松にいないとかの正当な理由がある場合にだけ、その理由を宣誓して期日前投票ができる制度なのである。
なのに、広域暴力団の六代目山口組二代目若林組大山組大山組長の企業舎弟の関係者から強要されて期日前投票を利用することは、民主主義国家としては許すはずもない。
ちなみに、篠原重則組長は六代目山口組の慶弔委員長兼事務局長だから、大山一郎候補者への期日前投票を迫られれば怖くて従うしかないではないか。
香川県警の健全警察官に頑張ってもらうしかない。

 

「郷鉄工」破綻の闇解明を求め石川歩・元常務を詐欺で告訴へ

警視庁麹町警察署に被害相談 消えた5500万円

本紙ではこの間、10回以上に渡り、歴史も信頼もあった産業機器メーカー「郷鉄工所」(岐阜店垂井町)がなぜ上場廃止(17年9月)、そして翌10月に破産申し立てを余儀なくされたのか、さらには破産処理のおかしさを含め、その真相を追及して来ている。
そうしたなか、これまででもっとも決定的と思われる重大疑惑が明らかになったので追加報道する。なお、この件はそれ故、すでに警視庁麹町警察署に相談が持ち込まれており、受理される模様だ。
そうなれば、郷鉄工破綻の真相、すなわち当時の複数の役員を含め、誰がどんな方法で郷鉄工を食い物にしたのか次々明らかになって来るはずだ。
そうならなければ、債権者(負債総額は約40億円)も含め浮かばれまい。

石川歩元常務取締役

本紙18年11月5日号では、当初の本紙記事は石川歩元常務取締役からの情報からスタート、それは悪名高い松尾隆氏と朝倉応水氏が郷鉄工を食い物にしたという内容だったが、実はこれはガセ情報で、実際は石川氏自ら、中学時代の同級生が常務を務める「リッケン」(山梨県甲府市)と太陽光発電事業名目で郷鉄工のカネを抜いた情報が寄せられていることを報じた。
すると、この石川氏が主導し、郷鉄工の動産を売るとして金員を5500万円振り込ませ詐取した決定的とも思える詐欺疑惑が判明した。
その被害者とは「K」(東京都千代田区)。K社は17年10月4日、郷鉄工からPCPという粉砕機2台を購入すべく送金している。JR東海の進めるリニア新幹線のトンネル工事用にゼネコンに同PCPをリースするためだ。
ところが、本紙が入手した石川氏のメール記録などによれば、このPCP2台は5500万円送金より3カ月近く前の同年7月、石川氏の指示により、クラッシャー3台と共に郷鉄工の債権者「Sinfer Corporation」(中華民国台北市)の担保に提供すべく山梨県甲府市内のとある運輸会社駐車場に運ばれていたことがわかった。

石川が保全した移動式粉砕機

つまり、当初から売るPCPは存在しなかった。にも拘わらず、金員を振り込ませたわけだから詐欺容疑は濃厚だ。

 

甲府市内に持ち出されていた機械。キャンセルと虚偽報告

 

ところが、石川氏はK社側には「弊社の財務状態が好ましくないため、私が責任を持って山梨県に隠しています。郷鉄工から出ているので差し押さえられることはありませんから安心してください」と語っていたのだから呆れる。
K社が入金した時期は、郷鉄工の上場廃止まで1年を切っており資金繰りが厳しかったのは事実。また、K社側は予定のリニアの仕事がキャンセルになったことから納期を急ぐ必要がなくなったため石川氏の「保管」の言を信じていた。
しかし実際は、石川氏のメール記録などによれば、石川氏は5500万円入金の6日後、機械が用途に合わないとしてK社にキャンセルされたというまったく虚偽の報告を社内でしていた。

5千5百万円の振り込み書

ところが、本紙が得た情報によれば、少なくともPCP2台の内1台はその後、本紙のこの連載ではお馴染みの債権者で、破産管財人との癒着疑惑が出ている「二孝建設」(東京都練馬区)の子会社(同)の敷地に置かれていたことが確認されている。
前述のようにそもそもSinferの債権として持ち出され、山梨県甲府市に入ったはずのものがなぜ東京都練馬区の別債権者のところへ行くのか。
郷鉄工は破綻前、債務状況をIRしており(17年3月13日現在)、それによればSinferへの債務は1億円となっているが担保設定はされていない。
つまり、石川氏がSinferへの担保としてといっていたのはあくまでPCP2台を始めとする金目の動産を外に持ち出すための方便だったのではないか。しかも、その持ち出した先は石川氏と癒着していると思われる前出リッケン本社のすぐ近くだった。
社内的には問題のPCP2台は、これまた別の「リニュアブルエネルギー」(東京都港区)という債権者の担保になっているとされるが、前出IRによれば、こちらもやはり担保設定はされていないし、債務は10万米㌦だけ。これだけで5500万円するPCP2台を担保に取ること自体、そもそもおかしな話だ。

 

虚偽の「盗難届」。その一方で詐取した機械が都内債権者へ

 

盗難届書

情報提供があり、本紙は「盗難届」、「出張報告書」と題した2つの文書も入手している。
それによれば、郷鉄工は、前述の甲府市内の保管場所から問題のPCP2台とクラッシャー3台が8月31日になくなっていたとして9月6日、山梨県警南甲府警察署に被害届を出したとしている。
「出張報告書」を作成したのは樋田英貴元副社長。また、甲府市内の保管場所はリッケンの紹介。そして盗難が発覚したのはリッケンの社長から石川氏に、さらに石川氏から長瀬隆雄元社長に連絡があったからだという。そして、ここに置いていたのは前出「リニュアブルエネルギーの担保物件となっていた」ためと記されている。この当時の社長は林直樹氏だ。
ところがである。本紙関係者が南甲府警察署に今年4月、確認したところ、驚くなかれ、「盗難届けは出されていません」、「お話を聞いた限りでは、これは詐欺です」という返事が返って来たのだ。
これはいったい、どういうことなのか。
いっておくが、PCP2台を始めとするこれら5つの動産は大変な大きさと重量。何しろ、3台のクラッシャだけでも、運び出すのは10㌧トラックが2台はいる。積載時にはワイヤーなどの吊り具を使い時間もかかる。闇に紛れ、こっそり盗めるような代物ではないのだ。
この他にも、おかしなことはまだまだある。

 

盗難のはずが販売資料作成指示。石川元常務の奇怪行動

 

18年1月、石川氏は問題のPCP2台を含む販売用資料を元社員(郷鉄工はすでに破綻しているため)に頼んでいる。本紙はその元社員の証言を得ているし、その資料も入手している。
前述のように盗難があったとされるのは17年8月31日。すると、石川氏は盗難品を売ろうとしたということか。
ところが、その一方で、本紙は18年4月、石川氏が郷鉄工の破産管財人代理の弁護士に、盗難された動産が「見つかった」旨、発言していたとの証拠の記録も入手している。
さらに、今年5月初め、本紙は盗難場所とされる甲府市内の現場を見て来たが、そもそもそこにはPCP2台、クラッシャー3台という大きな機械を置く場所は見当たらなかった。
最後に、本紙・川上は今年4月12日、石川氏と電話で会話をしている。この時期は、盗難届けが南甲府警察署に出ていないことが判明する前のことだった。
石川氏に2台のPCPは本当に担保に入っていたのかと問うと、「郷鉄工が機械のすべてを譲渡担保に入れたんですよ。それは後で管財人から聞いてわかったんですよ」と自分の責任を回避。
さらには、譲渡担保のための書類が出て来て、そこには長瀬社長(当時)の実印が押されていたと語った。その長瀬氏は17年2月20日に代表取締役から取締役に降格している。
そして今後、取材に応じるとしたが、以降、何度石川氏の携帯に連絡しても2度と出ることはなかった。
というわけで、これまでの取材結果を踏まえると、石川氏の自分は無関係という言はとても信じられないどころか、詐欺疑惑が濃厚なのだ。
本紙はさらに徹底してこの疑惑を追及し、真相を白日の元に晒す覚悟だ。