2019年1月

目次
国滅ぶとも正義は行わるべし 安倍一強政権の終焉で日本改変を
香川県警の捜査放棄と冤罪捜査(その189)
捜査権力の恣意的悪用から脱却で司法改革を
安倍官邸からの呪縛を断切れ 「Xファイル」の活用で検察の信頼回復を
日本の法律は生贄が必要か?
古い日本から脱却の時期が来た
ヤクザより怖い?名進研小・清水元理事長
愛知県大村知事と「密会」300万円提供
阿波踊り悪のトライアングルか
「徳島の恥」後藤田議員を中心に次期知事選でも「結託」
事件屋に食い潰された郷鉄工(6)
虚偽情報を掲載の敬天新聞が窮地に向かう

国滅ぶとも正義は行わるべし 安倍一強政権の終焉で日本改変を

小泉進次郎衆院議員 小泉純一郎元首相

今号で、本紙は創刊27年を数える。文字通り、平成ピリオドと共に時代を歩んできた。

本紙が標榜するのは、先陣を切る~Spearhead~、である。時代でもいい、国家の行方でも、あるいは、政権でもいい。本紙は、一歩一歩、歩んでいく中でも、常に、この先陣を切る、を心懸けてきた。これは、この27年の間に培い、育んできたものである。本紙の本紙たる所以、それが、Spearheadであることは、本紙の自負そのものである。

 

1.政権への本紙のSpearhead

 

本紙は、すでに10年近く、政権を担う人物を名指ししてきた。にわか仕立てで、それは為されてきてはいない。誰もが何も言っていないときから、この人物は本紙では一貫している。

名指しする人物の赤裸々な思いが綴られたものをここに紹介する。極めて長いがここは省略しないで紹介する。それは、本紙もまったく同じ思いであることへの敬意でもある。

 

こんにちは。小泉進次郎です。

先日、「平成のうちにやるべきこと」と題して、“人生100年時代の社会保障”と“国会改革”について講演し、その書き起こしをブログに公開しました。
長文ではありますが、私がいま政治家として考えていること、今後取り組んでいくことがまとまっていますので、ぜひご一読ください。

国民の怒り咆哮

 

「人生百年時代」の到来

 

「人生百年」と言う言葉が定着しつつあり、最近の企業広告にも「人生百年」を使ったものが増えている。

例えば、ダスキンの広告には、「人生百年時代に、百番、百番。」というコピーとともに、「きんさん・ぎんさん」で知られる蟹江ぎんさんの娘さん二人、千多代さんと美根代さんが出演している。千多代さんは百歳、美根代さんは九十四歳。この広告の写真を撮った篠山紀信さんは、七十七歳だ。まさに、「人生百年時代」を表現した広告だ。

一方、富士フイルムの広告には、「楽しい百歳。」というコピーが、りそな銀行の広告には、「人生百年時代、到来! 長生きに、そなえよう。」というコピーが使われている。

実は、この「人生百年時代」という言葉は、我々自民党若手議員が中心になって組織した「二〇二〇年以降の経済財政構想小委員会」で生まれた言葉だ。この委員会が、今から二年半前に「レールからの解放」と題した提言を発表した。これは政治の場で初めて「人生百年時代」という言葉を使った提言だろう。

 

二十二世紀を見据えた新しい社会モデル

 

「レールからの解放」は、以下のような内容だ。

 

「レールからの解放」

─二十二世紀へ。人口減少を強みに変える、

新たな社会モデルを目指して─

〈二〇二〇年以降を「日本の第二創業期」と捉え、戦後続いてきたこの国のかたちを創りなおす。それは「人口減少」という確実な未来の中でも、日本が成長していくために、必要不可欠な変化である。

これまで日本社会は、一本道の「レール」を走り抜くような生き方を求めてきた。受験に始まり、新卒での就職、毎日休みなく働き続け、結婚して子どもを持ち、定年後は余暇を過ごす―「二十年学び、四十年働き、二十年休む」という人生こそが普通で幸せな生き方だ、と。それに基づき、終身雇用慣行や国民皆保険・皆年金などが生まれ、これまでは実際によく機能してきた。戦後日本が一丸となって努力し、ゼロから奇跡的な飛躍を遂げ、今日のような豊かさを持てたのは、そのような日本型経済モデルの賜物である。
しかし、人口減少による少子高齢化、さらに「人生百年」生きていくことが当たり前になる未来に、もはや戦後のやり方は通用しない。レールによる保障は財政的に維持できないばかりでなく、私たちが望む生き方とズレが生じてきているのではないか。
「一度レールから外れてしまうとやり直しがきかない」そんな恐れから小さなチャレンジにも踏み出せない。価値観が多様化しているにも関わらず、人生の横並びばかりを意識し、自分らしい選択ができない。かつて幸せになるために作られたレールが今、この国の閉塞感につながっている。
政治が、その「レール」をぶっ壊していく。もっと自由に生きていける日本を創るために。
新卒や定年なんて関係ない。「六十五歳からは高齢者」なんてもうやめよう。現役世代の定義そのものから変えていく。
百年を生きる時代だ。いろんな生き方、いろんな選択肢がある。十代のうちから仕事や起業という道もあれば、大学卒業後すぐに就職しないという選択もある。転職を重ねるのも、学び直しをするのも当たり前。いつだって子育てや家族のケアを最優先できる。何かに失敗したとしても、何度でもチャレンジできる。
学びも仕事も余暇も、年齢で決められるのではなく、それぞれが自分の価値観とタイミングで選べる未来へ。政治が用意した一つの生き方に個人が合わせるのでなく、個人それぞれの生き方に政治が合わせていく。そうすればきっと、百年の人生も幸せに生きていける。
それは同時に、働き方・生き方・教育の位置づけ、そして社会保障を見直すことにつながる。真に困った人を助ける全世代に対する安心の基盤の再構築は、小さなチャレンジや新しい人生の選択の支えになる。子育て世代の負担を減らし、現役世代を増やしていくことで、日本社会全体の生産性を高め、人口減少しても持続可能な社会保障になる。
簡単なことではない。しかし、終戦直後、敷かれたレールも無い中で、一人ひとりが挑戦を続け、世界に誇る唯一無二の社会モデルを確立したのが日本という国である。むしろ先人たちが遺した豊富な資産と、日々進化する新しい技術がある今、できないことは何もない。人口減少さえも強みに変える、二十二世紀を見据えた新しい社会モデルを、私たちの世代で創っていきたい。〉

 

副題にある「二十二世紀」という言葉を使ったのも、政治提言としては、「レールからの解放」が初めてだろう。
なぜ、二十一世紀の前半に、二十二世紀のことを語るのかというと、実は、今の子どもたちは、二十二世紀を見ることになるからだ。九歳以下の日本人の五〇%は平均寿命が百七歳なので、彼らが普通に平均寿命を全うすれば、二十二世紀まで生きることになる。

 

労働人口の割合はそれほど減らない

 

現在の生産年齢の定義は十五歳~六十四歳とされており、その人口の割合が今後減少する。しかし、十五歳から働いている人がどれほどいるだろうか。
現在の社会の在り方を考えれば、生産年齢人口は十五歳~六十四歳ではなく、十八歳~七十四歳とする方が実情に合致しているのではないだろうか。
実は、生産年齢の定義を十八歳~七十四歳に変えれば、それほど労働人口の割合は減らないのだ。十五歳~六十四歳の人口の割合は、二〇四五年に五二%(推計)まで減少するが、十八歳~七十四歳では六六%(推計)にとどまる。
つまり、労働人口の定義を十八歳~七十四歳に変えることによって、悲観されているほど、労働力の減少は深刻ではなくなるということだ。

 

時代は「第一創業期」から「第二創業期」へ

 

「レールからの解放」から、次々と政府の政策が生まれつつある。我々は「レールからの解放」発表後、「人生百年時代」の社会保障として、次の三つの政策を掲げた。

 

(一)第二創業期のセーフティネット~勤労者皆社会保険制度の創設~
(二)人生百年型年金~年金受給開始年齢の柔軟化~
(三)健康ゴールド免許~自助を促す自己負担割合の設定~

 

「第二創業期」は、我々若手の議論の中から生まれた考え方だ。日本という国を企業のようにとらえ、戦後(一九四五年~)を「第一創業期」とすれば、二〇二〇年以降は、新たな「第二創業期」と位置づけられるのではないかと我々は考えた。
第一創業期の出発点は、まさにレールも何もない、敗戦による焼け野原だった。経済は、主に製造業によるキャッチアップ型だった。平均寿命(一九四七年)は、男性五十歳、女性五十四歳で、今よりも三十年も短かった。
人口構造は、「人口ボーナス」と呼ばれるように、毎年必ず増えていた。人生設計は、一直線のレール型であり、多くの方々が同じようなモデルの人生を生きた。雇用は、基本的に終身雇用。社会保障は、世代間の助け合いで、高齢者への給付が中心だった。
教育は、平均的に質の高い人材を新卒一括採用という形で供給するというモデルだった。地方の在り方は、田中角栄総理が目指した「国土の均衡ある発展」に象徴されるように、国土の画一的な発展を重視していた。これらが、第一創業期の在り方だったのではないか。
一方で、我々が見据えている二〇二〇年以降の第二創業期は、全く背景が変わる。出発点は、先人の皆さんが築いてくれた豊富なストックと、人工知能に代表されるような高度な技術や産業基盤がある状況だ。先人の方々に感謝しなければならない。
経済は、技術革命の時代だ。製造業中心の在り方ではなく、最近のソフトバンクとトヨタの提携に代表されるように、従来の業界の垣根がなくなりつつある。

 

平均寿命(二〇二〇年、推定)は、男性八十一歳、女性八十八歳となり、七十年前より寿命が三十年伸び、今後は「人生百年」が当たり前の時代となる。現在、日本の百歳以上の人口は、六万九千人に上る。私の地元の三浦市の人口(四万三千人)以上だ。
人口構造は、人口ボーナスと逆に「人口オーナス」と呼ばれるように、毎年人口が減っていく。そして、人生設計は、一直線のレール型ではなく、網状のネット型になる。

 

七十三歳で大学に入学した萩本欽一さん

 

最近、私の地元横須賀で開催した演説会に、コント55号で有名な萩本欽一さんを講師としてお招きし、私と萩本さんが「人生百年時代」をテーマに対談した。
実は、現在七十七歳の萩本さんは、駒澤大学仏教学部四年生なのだ。萩本さんは七十三歳の時に、駒沢大学に入学、それがニュースにもなった。そして、彼は『ばんざいまたね』という本を書いた。
私は同書を読み、目からウロコが落ちた。「こういう発想があるのか」と思うことが数多くあった。そして、萩本さんにお会いし、「なぜ大学に行くことにしたんですか?」と尋ねると、萩本さんは次のように語ってくれた。
「小泉さんの歳だと分からないと思うけど、七十歳を超えると、どんどん物忘れがひどくなるんだ。忘れないようにしなければと思っても、どんどん抜けていく。それで、ある時、思いついたんだ。もう仕方がない。どんどん出ていくんだったら、出ていく分だけ入れればいいと思った。そこで、大学に行こうと思ったんだよ」
そして萩本さんは、「大学に入学し、四年生になった今、一番頭が回る。だから、これからは、認知症を予防するために、病院に行くより『大学に行け』だよ」と語ってくれた。
このような話を聞き、私は素晴らしいと思った。そこで、私が話すよりも、萩本さん自身に話してもらった方がいいと思い、講演会にお招きしたわけだ。

 

多様な生き方に対応した柔軟な社会保障制度が不可欠

 

実は、大学生の年齢が十八歳~二十二歳だと思っているのは、日本人ぐらいのものだ。本来は、学びたい時が学ぶ時であり、世界的に見れば、七十七歳の大学四年生も、それほど珍しいことではない。
私も、コロンビア大学大学院に行っていたが、日本のように、二十代の学生が圧倒的に多い訳ではない。こうした一直線のレールにとらわれない生き方が、日本でもっと増えて然るべきだ。すでに、こうした網状のネット型の人生設計を始める人も出てきている。
最近、八十一歳でゲームアプリを開発した若宮正子さんが、多くのメディアから「世界最高齢のプログラマー」と紹介された。ひとり一人が、多様な生き方をする時代なのだ。安室奈美恵さんが四十歳で引退し、巨人の髙橋芳伸監督も今年で辞められるということだが、人は何歳からでも再出発できる。
また、雇用においても、終身雇用ではなく、多様な働き方が広がってくる。
こうしたひとり一人の多様な生き方を支えられるような、柔軟な社会保障の制度や政策が今後重要になる。

本来、自らの力で生きられる人には、自助によって頑張っていただくことも必要だろう。財政の問題が深刻になる中で、支えを必要としている人に、いかに必要な資源を振り向けていくかを考えた時、我々が見据えなければいけないのは、真に困っている人であれば、高齢者の人であろうと、若い人であろうと、年齢にかかわらず支えていく社会保障を作っていかなければいけないということだ。
教育も、多様性に寛容な人材を育て、いつでも学び直しができるようにしなければならない。地方も、それぞれの独自性を活かした、多様で、自立した、彩りある地方を創っていくことが重要だ。

 

非正規労働者にも厚生年金を

 

このように、第一創業期と第二創業期を比較すると、それぞれの前提条件が全く異なるということがよく理解できるだろう。
だからこそ、第二創業期のセーフティネットとして、我々が掲げた政策の一番目の「勤労者皆社会保険制度」の創設が必要となる。
勤労者皆社会保険制度は、ひと言で言えば、厚生年金の適用拡大だ。働いている方には、正規と非正規がいるが、非正規の方々でも、社会保険が適用されるようにする必要がある。
国民年金だけではなく、厚生年金も給付されるようにすべきだ。そのために、厚生年金の適用を劇的に拡大させる方向で、社会設計をすべきだというのが、勤労者皆社会保険制度の主眼だ。
勤労者皆社会保険制度では、文字通り、勤労者は皆、社会保険に入ることになる。そうなると、当然、中小企業を含め、企業側からの反発があるだろう。企業は、働いている方の社会保険を折半しなければならないからだ。
しかし、日本の状況は人口オーナスだ。人口が減り、労働力の確保が難しくなる中で、今後は会社が人を選ぶのではなくて、働く人が会社を選ぶ時代になる。その際、どのような社会保険が適用されるかというのが、働く側の企業選択の判断材料の一つになるだろう。
また、働く側が、働き方改革に積極的で、労働環境が充実している企業を選ぶ時代になる。
企業が社会保険や労働環境を整えることは、人材への投資だということだ。人材への投資を躊躇するような企業には、いい人材は集まらない。そういう時代になっていくと思うし、なっていくべきだと思う。
すでに厚生年金の適用拡大は進み始めているが、企業の理解を得ながら、さらに適用を拡大していくべきだと考えている。

 

柔軟化すべき年金受給開始年齢

 

二番目の「人生百年型年金」については、九月の自民党総裁選で、安倍総理も唱えていたが、その起源は、我々若手の勉強会の提言にある。
現在、年金を六十歳~七十歳のうち、何歳から受給されるかは、ひとり一人が選択できる。
しかし、年金をもらい始める年齢を、七十一歳以降にすることはできない。七十歳以降も働いている方がいるにもかかわらず、七十一歳以降を選べないのはおかしい。したがって、年金受給開始年齢を柔軟化する必要があるということだ。
また、年金をもらいながら働いていて、ある程度の所得がある方は、年金額をカットされる。これは、在職老齢年金制度と呼ばれる。
これに対して、我々若手の勉強会では、働くことが不利益にならない社会を創るべきだと考えている。年金をもらいながら働いている方も、年金額をカットされない制度設計をすべきだ。
この在職老齢年金制度の見直しと、年金受給開始年齢の柔軟化が「人生百年型年金」の基本的な考え方だ。
よく誤解されるのだが、受給開始年齢と支給開始年齢は意味が異なる。受給開始年齢はひとり一人が何歳からもらい始めるかであり、支給開始年齢は一律何歳からしか支給しないという年齢を指す。現在、我々が議論をしているのは受給開始年齢の方だ。
我々は、受給開始年齢は八十歳でもいいのではないかと考えている。六十歳~八十歳までの間であれば、受給開始年齢は自分たちで決められるという考え方である。
現在は、六十歳~七十歳の十年間の幅をもって、ひとり一人が何歳から年金を受給するかを決めることができるが、頑張って七十歳まで延ばした時には、年金額は四割上がる。一方で、六十歳で受給するという選択をすると、減額をされたまま、薄く長く支給されることになる。
今後の制度設計において、受給開始年齢をさらに後ろに延ばした場合に、年金額をどの程度上げるかなどを検討しなければならない。
新たな制度設計をすることは、国民の皆さんが、年金の在り方について、改めて考えることにつながると思う。
自分が蓄えたものを取り崩しながら、年金を受給せず、できるだけ長く頑張り、「そろそろきついな」という状況になってから、年金をもらい始める。受給開始年齢を後ろに倒せば倒すほど年金額は増える。この「人生百年型年金」を目指して政府も本格的に動き出している。

 

自ら健康管理に努めることがプラスになる

 

三番目の「健康ゴールド免許~自助を促す自己負担割合の設定~」は、国民が自ら健康管理をするインセンティブを高め、そうすることがプラスになるという発想に基づくものだ。
制度として、健康管理のために、ひとり一人の行動変化を促すことを支援することができないかを検討している。
最近になって、かなり民間にも動きが出始めている。アメリカでは、すでに数年前から、「一日何歩以上歩く」など、健康管理に努め、その結果が出れば、保険料率が下がるというような保険商品が販売されている。日本でも、様々なところで、健康管理に努めることがプラスになるという取り組みが始まっている。
以上のように、「人生百年時代」の社会保障は、政治がひとり一人の多様な生き方に向き合い、新しい安心と社会の強さを両立するチャレンジでもある。

 

内外ともに大きく変化しつつある従来の秩序

 

現在、社会の変化は、様々な面に表れ始めている。
一つは、経団連の中西宏明会長が二〇二一年卒から就活ルールを廃止することを示唆したことだ。もう一つは、臨時国会で議論される予定の外国人材の受け入れだ。
私は、今、日本社会の持続可能性が問われ始め、それがこうした動きとして表れたのだと感じた。従来の固定化された社会の在り方を、多様な生き方を求める国民のニーズにどう合わせていくかが問われているのだ。
一方、海外を見れば、米中の貿易戦争を始めとして、今まで我々が当たり前に思っていた国際秩序が大きく変化し、新たな秩序の形成に向かい始めている。
国内、国外ともに、従来の枠組み、構造の調整期が訪れているのではないか。

 

突出して多い日本の首相・大臣の議会出席日数

 

こうした状況の中で、国のルールを決める機関である国会をどう改革すべきなのか。
先進国の首相の議会出席日数を比較すると、日本は年間百十三日出席しているのに対して、同じ議員内閣制のイギリスではわずか三十八日だ。フランスは九十一日。フランスでは、首相ではなく大統領が基本的に国家の多くの責任を持っているが、大統領は一年に一度も議会には出席していない。しかも、解散も、総選挙もない。次の選挙までは、基本的にはリコールもない。ドイツは六日だ。
大臣の議会出席日数はどうか。日本では、財務大臣が百五十一日、外務大臣が百七十日だ。この出席日数は突出して多い。イギリスは、それぞれ、わずか六日と七日だ。
この首相、大臣出席日数の異常な多さが、私が、国会改革の旗を必死に振る理由だ。
また、衆議院議員選挙後に、最初の本会議で行われる三つの選挙のやり方にも疑問を感じる。内閣総理大臣を指名する首班指名選挙、議長を選ぶ議長選挙、副議長を選ぶ副議長選挙だ。
首班指名選挙だけではなく、議長選挙も副議長選挙も、登壇して木札を入れて投票する。
しかし、議長は与党第一党から出すことが慣例で決まっている。一方、副議長は野党第一党から選出されることが慣例で決まっている。つまり、投票しなくても結果は決まっているのだ。にもかかわらず、議長選挙も副議長選挙も、わざわざ登壇して木札を入れて投票する。この三つの投票のために、今回も一時間五十分の時間が費やされた。
国権の最高機関としての儀式的な重要性は分かる。そうした儀礼によってもたらされる権威の力を、私も過小評価はしない。しかし、このような合理性のない時間を浪費していていいのだろうか。
現在の国会には、維持すべき点と改革すべき点とがあるのではないか。

 

外交に支障をきたしている外相の国会出席

 

我々は、平成のうちに、国会改革を何とか一つでも前に進めたいという思いから、国会改革を進める超党派の議連として、「『平成のうちに』衆議院改革実現会議」を結成した。
初会合には、河野太郎外務大臣も参加し、印象的なエピソードを紹介してくれた。
「外務大臣に就いて、改めて分かったことがある。諸外国から外務省に対して、次に日本を訪問したいという要請が来て、『外務大臣と会いたい』と言われた時に、国会出席がその障害になっているということだ。
『国会開会中なので、野党からの質問で呼ばれれば行かなければならない。突然キャンセルせざるを得なくなるかもしれない。もしくは、時間も短縮しなければ対応できなくなるかもしれない。それでもよければ、是非来てください』と答えざるを得ない状況だ。そのように返答すると、『それでは結構です』ということになり、日本ではなく、別の国に行くことが選ばれてしまう」
こうした現状を放置しておいていいのだろうか。河野大臣は、さらにもう一つのエピソードを披露してくれた。
「東南アジアの国に行く予定になっていたが、国会に呼ばれたため、行けなくなった。そこで、『申し訳ありません。電話会談でやりましょう』と提案し、電話会談を行った。その際、先方の外務大臣から捨て台詞で言われたことが、『電話一本で外交のカタがつくと思わないでほしい』だった」
日本の外務大臣が、外国の外務大臣からこのようなことを言われているのだ。
外交に支障が出るほど、総理と外務大臣は国会に張りつかなければいけない状況は、変える必要がある。
一方で、総理や外務大臣を国会に呼びたいという野党の立場も分かる。我々も野党時代には、そうした思いがあった。しかし、行政を監視するという国会の機能は、総理や外務大臣を、国会に留めておくことだけではなく、ほかの方法で果たすことができるはずだ。

 

外交力を発揮できない状況に危機感

 

先述した通り、現在、国際秩序の調整期に入ってきている。
金正恩、周近平、プーチン、トランプなど、パワーポリティックスに基づいた外交がダイナミックに展開されている。私は、こうした中で、日本が外交力を発揮するために必要なインフラが整っていないのではないかと危機感を抱いている。それが、私を国会改革に向かわせている。

 

国会改革は簡単なことではない。かつて、与野党で合意をしながら、全く動かなかった。だからこそ、どんな小さなことでもいいので、平成のうちに、一つでも動かしたい。
そのためには、国会についての国民の関心が高まらなければならない。「国会を変えなければいけない」という声が、国会の外からも挙がってくるように活動したいと思っている。
幸い、国会のペーパーレス化の議論が進み始めている。また、女性議員の出産時における電子投票、党首討論の夜間開催など、様々な論点が出ている。
現在、民間の側は、働き方改革をはじめ、苦労しながら改革に取り組んでいる。だから、民間の側から、「まず、政治が率先して改革に取り組め」と言っていただきたい。そうしたいい意味の外圧があれば、国会も変わっていくのではないか。
本日(十月十五日)の自民党総務会で通れば、私は厚生労働部会長に就くことになるが、国会改革とともに、「人生百年」と経済社会の構造変化を見据えた、安心と社会の強さを両立できる社会保障改革に全力を尽くしたい。(小泉進次郎氏オフィシャルブログより引用抜粋)

 

本紙のこの人物に賭ける思いは、これまで通りである。この見事なまでの主張は、きっと新政権における〝礎〟になるであろう。
本紙は誠実に、この人物を名指ししていく。

 

香川県警の捜査放棄と冤罪捜査(その189)

捜査権力の恣意的悪用から脱却で司法改革を

〈政調会長の立場から新しい年を考えるときに、やはり政治の安定、あるいは信頼回復という観点から、いわゆる「1強状態」からの脱却を考えていかなければならないのではないかと思っている。
世の中で言われている1強と言われる状況は、官邸の立場に立っても、党の立場に立っても、決して好ましい状況とは受け止められていない。党としてしっかり存在感を示すことによって、状況を改善していく努力が大事なのではないか。〉これは今月4日、岸田文雄・自民党政調会長の発言。安倍首相からポスト安倍を禅譲と世間で言われていた岸田文雄氏の発言だ。
ゴーン氏の逮捕で日本の捜査権力の現状が露呈された。
そう、安倍官邸1強の捜査権力の恣意的悪用が、白日の下に晒される状況がやってきた。森友・加計、山口敬之の準強姦事件などは恣意的捜査権力の悪用であり未解決だ。

安倍官邸からの呪縛を断切れ 「Xファイル」の活用で検察の信頼回復を

六代目司忍組長と篠原重則事務局長

国の捜査放棄と冤罪捜査は、安倍一強モンスター政権を維持する極めて都合のいい捜査権力の恣意的悪用手段だった。検事総長などの選任人事権を官邸内に設けたことが、それを可能にした。
一方、本紙川上が体験してきた香川県警の捜査放棄と冤罪捜査は、香川県警の刑事部長に腐敗構造を築く人物を送り込む人事で、それを可能にした。

黒川俊雄刑事部長

その被害者である本紙川上は、命に関わる家族が巻き込まれた三つの襲撃事件を、未解決のまま抱えた状態なのだ。
それは、平成9年の山口組若林組川原豪による拳銃発砲、平成12年の同組山中敏勝による鉄パイプ襲撃、そして同組森裕之による拳銃襲撃殺害未遂事件。これら全て、山口組若林組が香川県警腐敗警官と結託して襲撃した事件なのである。刑法からすれば香川県警腐敗警官は襲撃実行犯の若林組関係者と共謀共同正犯だということだ。
本紙川上が絶対に未解決事件をあきらめない理由はここにある。アウトロー掲げて暴力団として生きる山口組若林組関係者を本紙川上は相手にしているのではなく、国民からの信頼を担う公務員の警察官が拳銃などを提供して綿密に打ち合わせしながらの襲撃を、許せないのである。
日本の背骨は公務員、この背骨が歪み腐れば日本の将来はないではないか。
昨年11月のゴーン逮捕で、従来型の捜査権力の恣意的悪用は通用しなくなってきた。安倍一強モンスター政権が憲法改正に力を入れているが、その前にすることがある。それは刑事訴訟法の「犯罪捜査規範」の見直しだ。
だって、そうでしょう。
平成15年2月、宗像紀夫高松高検検事長が名古屋高検検事長として異動する際、後任の斉田国太郎検事長に鉄パイプ襲撃事件の再捜査を依頼した。それを受けて高松地検・徳久正特別刑事部長、恒川由里子検事、曽根英雄検事が香川県警抜きで再捜査を実行した。本紙川上、襲撃時に助手席にいた妻、その後部座席にいた息子の調書も取り、香川県警抜きの再捜査は粛々と進められた。別件の拳銃暴発事件で熊本刑務所に服役していた山中敏勝の取り調べも徳久部長検事と曽根検事は熊本刑務所まで出向いて行っていた。
この時の調書が「Xファイル」。この平成15年に作成された「Xファイル」が存在しながら、本紙川上の命に関わる家族が巻き込まれた襲撃事件は三つとも未解決なのだ。
ゴーン逮捕で日本の捜査の在り方が世界中から注目され問われる今、戦後施行された刑事訴訟法「犯罪捜査規範」にある検察担当とか警察担当とかの捜査の壁が支障にならないよう見直して、本紙川上の三つの未解決事件を解決してもらいたいものだ。
要するに、検察と警察が協力して、六代目山口組二代目若林組関係者が香川県警腐敗警官と結託していた未解決事件を解決して欲しいということだ。
さて、「Xファイル」の鉄パイプ襲撃事件は平成12年1月29日夜に発生した。平成31年1月号の日本タイムズは、創刊時の四国タイムズから丁度27年。この鉄パイプ襲撃事件からすれば、なんと19年が経過したことになる。
事件解決の糸口になるよう、この鉄パイプ襲撃に関与した
当時の腐敗警官らを紹介する。

臼杵純一の虚偽供述調書

香川県警本部刑事部長だった黒川俊雄、それに同本部捜査二課次長の津島利夫の関与は許し難い。それに、実行犯の山中敏勝から捜査を歪めるために三人の替え玉を実行犯に仕立てて供述調書を作成した、臼杵、土草、栗田ら。

虚偽調書作成の盗難襲撃車

襲撃直後の同本部篠原政純が作成した本紙川上の調書を基に、腐敗警官が作成の偽装供述調書と「Xファイル」を比較精査すれば真相は明らかになるはずだ。
ただ山中敏勝は、口封じのため出所後、拳銃自殺に見せかけ殺された可能性が高い。
この連載「香川県警の捜査放棄と冤罪捜査」が、「犯罪捜査規範の見直し」に繋がることに期待したい。

日本の法律は生贄が必要か?

古い日本から脱却の時期が来た

東邦ガス冨成義郎社長

9年前に、名古屋市の東邦ガスと同じ区にある158戸が入居するチサンマンション栄の管理組合との間で取り交わされた給湯器工事において、不可解な金の動きがあった。
調べてみると、当時古いガス給湯器が原因で一酸化炭素中毒事件が多発していた事実を巧みに利用した工事と必要以上に複雑な取引方法が明らかになった。当時はこの大手ガス事業者は、この地域一帯でのガス工事に関する監督者であり、凡そ不正を働くとは誰も思っていなかったので、この複雑な取引に疑問を持たなかった事が盲点の一つで、これは反社会的勢力(六代目山口組弘道会)が当時使われた裏金作りの手法である。
方法は、マンション管理組合がこのガス事業者に対して給湯器交換の補助金事業に申し込むのであるが、これら個人の所有する給湯器に対する補助金事業は存在していない。
そして、マンションで申込まれた個人所有の各戸工事代金として一戸あたり補助金上限とされた25万円、102戸分の約2,500万円を一時立替としてマンションの共有資金をネットバンクに移動し、そこからこの事業者の子会社の当座預金に振込み、その後、
このガス事業者本社から、補填金という名目で払出証書としてこのマンション管理組合に払出したと、このガス事業者は証言しているが、ここで問題がある。

不法な排気筒横走状況

それは、この払出証書は当時裏金作りに利用されていた事から、郵便局窓口で現金化するために払出名義の団体との関連証明と個人証明が必要と警視庁が義務付けられていたが、このマンションの公的証明書を持つ者は重病の入院中で、勿論当時の副理事長は
この証明書は持っていないので、窓口での現金への換金は出来ないのだが、何故か、このマンションの共有郵便預金に現金で入金し、通帳には手書きで補助金と記されている。
ここで疑問は、ガス事業者が支払ったとされる郵貯の払出証書は現金出しが出来ないが、わざわざ現金化して郵貯銀行の共有預金に入金されており、この払出証書は何者かが換金しており、郵貯には何時誰が窓口で換金したかの記録が無い。
この流れでは現金化しやすいのは、子会社に支払った当座預金から小切手などで戻せば現金化が容易で、通帳には小切手換金の記録が残らない。
では、ガス事業者が支払ったとされる払出証書の約2500万円は誰の手に渡ったのか?である。
この事実を解明する為筆者は当時から、このマンション管理組合やこのガス事業者に情報の開示を迫ったが、開示拒否や虚偽説明でなかなか解明させようとはしてこなかったが、これ等の工事そのものも一酸化炭素中毒事故が極めて発生しやすい危険な工事である事も判明し、現在何も知らないマンション住民の生命と不明になった金の行方が、これら不正を疑われる管理組合とガス事業者の手中にあるといった極めて容認できない状況下にあるのだ。しかし、警察も裁判所もこの事実の証拠を持っていても現行法では、強制捜査できないと現場担当官らが嘆いている。政府はこれら同様の事件が蔓延する現在、法改革など手を打とうとしない理由が反社会的団体との裏取引があると言われても仕方ないのではないか。

ヤクザより怖い?名進研小・清水元理事長

愛知県大村知事と「密会」300万円提供

清水利康元理事長

前号でお伝えした、愛知県名古屋市の名進研小学校と反社会的勢力の「関係」。名進研小学校の運営母体、学校法人名進研学園の元理事長、医療法人としわ会の元理事長、清水利康氏は岐阜県可児市の寿和工業(現フィルテック・本社岐阜県可児市)の創業者一族。
1996年10月に起こった、御嵩町の柳川町長襲撃事件に関与かと、疑惑がささやかれた。
本紙・川上は国の背骨、教育に反社会的勢力、暴力団がかかわるのはもってのほかと何度か、学校法人を追及している。清水氏、反社会的勢力と名進研小学校の関係は見過ごせない。
そんな中、ある資料を入手することに成功した。名進研小学校が設立された時の「寄付者リスト」。6番目に記されているのは、寿和工業。名進研小学校は、5000万円の寄付を受けているのだ。
柳川町長襲撃事件に関連して、2つのグループが柳川喜郎氏の自宅を盗聴していたことが明らかになっている。どちらのグループも六代目山口組弘道会にいた元暴力団員や弘道会と密接な関係にある右翼団体の構成員が犯行に及んでいた。そこに、巨額の資金提供していたのが、寿和工業。清水氏は当時、取締役だった。
反社会的勢力にカネを出して、上位に立ち、意のままに動かす寿和工業、清水一族。これこそ、正真正銘の反社会的勢力ではないのかと、本紙・川上はそう感じるのある。その会社が、名進研小学校設立に5000万円も寄付し、その後の混乱に乗じて、清水氏は理事長にまで就任。5000万円は「ブラックマネー」の可能性がある。即刻、返金すべきではないのか。そして、本紙は名進研小学校自身が、清水氏らを反社会的勢力だと、自覚している重要な資料を入手することができた。
2013年、名進研小学校の創立者、豊川正弘氏の娘で当時、理事長だった、池田実結子氏と渉外部長の小田祐悠氏の会話が収められた録音テープだ。
この録音テープには、反社会的勢力と一部で報じられた、豊川氏一族を追い出し、清水氏が名進研小学校の理事長に就任するため、小田氏は池田氏に辞任を求めている内容が記録されている。その中で、小田氏は、
〈正直、ヤクザより怖いんです〉〈ヤクザより卑劣〉〈例えば親戚や子供にいろいろ攻撃をしてくる〉
と畏怖させて、池田氏に理事長の座を降りるように迫っている。
小田氏は、池田氏の後に名進研小学校の経営に関与しようとする、清水氏らが反社会的勢力と密接な関係があることを認識しているかのように、会話しているのだ。
私立学校の設置や認可は愛知県の私学振興室の管轄だ。前出の録音テープには、
〈僕が清水さんに会いに行ってお話を承りました〉
と小田氏は清水氏と直接、会って話をしたと述べてから
〈(清水氏が)誰かを介して大村(愛知県)知事と懇意になって(名進研小学校の)事情を話したらもう知事が激怒した。そんな法人はほっといてはいかんと〉〈(大村)知事が動き出し、反社会的な人間が学校運営に携わるなんて許せないといい、知事の秘書は「あんなに知事が怒ったのは久しぶりだ」というくらい怒られたと言っていた〉
〈(愛知)県警と(愛知)県庁が結びつき、どうにもならなくなってしまう〉
〈(愛知県の担当部局、私学振興室が)今度は攻めてくる。必ず振興室が出てくる〉

 

愛知県・大村知事

清水氏が愛知県の大村秀章知事と面談して、名進研小学校について相談。池田氏を辞任させて、反社会的勢力を排除せよという趣旨の話をしたという。そして、辞めなければ、愛知県が乗り出すとも言っていたという。
清水氏と親しい人に話を聞くと、
「何度か、大村知事に会うといって、知事公館に行ってきたと聞きました。食事をしてきたともいい、大村知事を支援したいとも話していた」
それを裏付けるように、2016年11月に公表された、大村知事の政治資金管理団体「秀成会」に清水氏は妻の沙由里さん名義で150万円もの寄付をしている。その翌年も150万円の寄付を受けている。
この録音テープは、日本タイムズ2018年12月号で報じた、池田氏と名進研小学校の法廷にも証拠して出されている模様で、一定の信頼性が担保されているもの。
これが、作り話でなければ非常に重要な問題だ。大村知事の発言が事実なら、反社会的勢力とおぼしき清水氏と結びつき、政治資金をもらい、池田氏の理事長解任に加担したのでないか。そして、名進研小学校という教育の場を、清水氏のような人物に支配させることに「お墨付き」を与えたと、とられかねないのだ。
2018年11月、池田氏と名進研小学校の裁判で、清水氏と同様に小田氏は証人出廷が予定されていたが、土壇場でキャンセル。その一方で裁判所に対しては、
「池田氏を脅すようなことは言っていない」
と主張しているという。
だが、法廷に呼ばれても来ない小田氏の主張には説得力がない。清水氏ら、反社会的勢力との関係が露見することを恐れたのか。
名進研小学校の創立者、豊川氏は六代目山口組と密接な関係にあった人物と親しかったという。だが、清水氏の寿和工業は六代目山口組司忍組長の出身、弘道会の関係者にカネを払い「裏仕事」を任せていたことは、すでに刑事、民事裁判で明らかだ。今度は、大村知事にも政治資金として拠出。
清水氏こそ、反社会的ではないのか。清水氏は教育や医療など、公的なものとのかかわりを断つべきだ。

阿波踊り悪のトライアングルか

「徳島の恥」後藤田議員を中心に次期知事選でも「結託」

後藤田正純衆院議員

2018年12月22日、自民党の徳島県連は執行部会を開催。次期徳島県知事選挙の現職の飯泉嘉門氏を推薦することを決めた。その後、常任総務会を開催。その場で、飯泉氏の推薦をと、幹部が述べると、
「5期もやっている知事は他にはいない。自主投票にしろ」
と迫ったのが、後藤田正純衆院議員。
後藤田氏に近い、自民党の岸本泰治県議が次期知事選に出馬の意向を示しており、それゆえの発言だったとみられる。
そこへ別の県議が、
「おまはん、飯泉に推薦が決まっても岸本を応援するのか」
と噛みつくと、幹部が、
「採決をとりますから」
ととりなした。
「42,3人が参加していた。後藤田氏に近い市議、県議もいたが、一人を除いて飯泉推薦で決定。一人って? 後藤田だけが座ったままで反対」(自民党県連幹部)

 

遠藤彰良市長

これまで日本タイムズでは、阿波踊りをめぐって、後藤田氏に徳島市の遠藤彰良市長、徳島新聞の悪のトライアングルを報じてきた。ついに、知事選でもその構図が持ち込まれようとしているのだ。
これまで、飯泉氏は後藤田氏、徳島新聞と対立してきた。
「飯泉氏は官僚時代の豊富な人脈で、後藤田氏を飛び越えて自ら国と折衝する。後藤田氏は『なぜオレに話を通さない』と激怒。徳島新聞も、後藤田氏に習えで飯泉氏を批判してきた」(自民党の地方議員)
後藤田氏は自身のフェイスブックで〈民意を忠実に反映したい。
県民の8割は多選にNo〉などと飯泉氏を批判。岸本氏という「刺客」を送った。当然、遠藤氏も、岸本氏の支援にまわるとみられる。
一般的に5期という長期政権になると、批判はつきもの。当然に飯泉氏にも批判はあがる。だが、
「後藤田への批判の方がはるかに多いのです。それは女性問題。地元の地方議員は『後藤田みたいな女たらしを国会議員にしてなんやねん』と県民からのクレームで頭が痛い」
後藤田氏は2011年6月、フライデーで国会会期中にもかかわらず、女性を議員宿舎に連れ込んだ疑惑が報じられた。
そして、今度は2018年11月、週刊文春で、フェイスブックで知り合った女性と交際。「結婚詐欺」だとして、民事訴訟で訴えられたと報じられる始末。
「後藤田、おまはんが、知事候補を誰がええなんて、言える立場なんか。徳島の恥や」(前出・自民党の地方議員)
後藤田氏は、プライベートだけではない。先の自民党の地方議員はこう続ける。
「徳島県などが事業をしようと国交省に予算を陳情。すると後藤田氏が『補助金出すな』とクレームを言う。地元がよくなる支出をストップさせようとする議員なんて、聞いたことがありません。県のえらいさんも『後藤田は徳島のガン』と言うてます」
そこで、次期衆院選の際には徳島県連として、あまりにデタラメな後藤田氏を差替えるべきだと、自民党党本部に求める動きもあるそうだ。
デタラメぶりは、遠藤氏も同じ。
徳島市が責任を持って開催と、啖呵を切った昨年の阿波踊り。見事にこけた。大赤字の「戦犯」とも言える阿波おどり実行委員会で遠藤氏は昨年、中止して、顰蹙を買った総踊りを、
「2019年は開催する」
と表明したのだ。総踊りから締め出された、阿波踊り振興協会は、
「昨年は踊らせない、今年は踊れと言われてもね… これまで何度も話し合いを求めてきたのに、応じなかった遠藤氏。一方的に上から目線でね。
まずは話し合いでしょうね」
と慎重な姿勢。
総踊りは、
「ぎゅうぎゅう詰めで、手を上げているだけ」
と批判していた、遠藤氏。
それが一転して、
「素晴らしい」
と言い始めた。
一方、昨年は「徳島市営」で実施した阿波踊り。数年後には、民間でともいう。
徳島新聞も遠藤氏に賛同するような、記事を掲載し〈踊りはみんなのもの〉と信じがたい主張。
これまで、阿波踊りで稼ぎを独占し、法に触れかねない「悪事」を働いてきたのは、誰なのか? 怒りを通り越し、あきれるばかりである。
後藤田氏、遠藤氏、徳島新聞の悪のトライアングルに対抗できる、最後の砦が飯泉氏なのか? 今年4月の県知事選が注目される。

事件屋に食い潰された郷鉄工(6)

虚偽情報を掲載の敬天新聞が窮地に向かう

山岡俊介主幹岐阜県の上場会社だった郷鉄工所が破たんした問題。前号では、郷鉄工所の債権者の一人、株式会社充雲の朝倉応水氏が、メディア報道のアクセスジャーナル山岡俊介主幹から「勝訴」判決を勝ち取ったことをお伝えした。

 

「裁判所で、記事を削除せよと決定が出て、もう終わりだと安心していた。ところが、削除の決定が出た記事とよく似たものが、また掲載されはじめた」
と朝倉氏は暗い表情だ。

 

記事を掲載しているのは、インターネットメディア「敬天新聞社」(白倉康夫社主)である。問題とされる記事は、2018年10月24日付で「投稿」として〈郷鉄工所(破産)大口債権者・朝倉応水(株式会社充雲)が郷鉄工に送り込んだ2人のブレーン(西浜大二郎・小澤政太郎)と繰り広げた上場企業乗っ取り劇!〉というタイトルが打たれている。

 

白倉康夫社主記事の内容は、
〈大口債権者である朝倉応水(株式会社充雲)は、自分が郷鉄工に出したカネをいち早く保全するために、郷鉄工社内に息のかかったブレーンを社員やコンサルタントという立場で送り込んでいた〉
と書き、朝倉氏が自己の利益を優先して、郷鉄工所の法的手続きを無視し、不当な回収を図ろうとしているという内容だ。
そして、記事には、
〈経理処理は、取り上げたネットバンキング用PCを小澤に管理させ、小澤は、西浜の決済指示を仰ぎながら、経理処理を行っていたというから、とんでもないことである〉
と郷鉄工所の銀行口座を押さえて、自由自在に使用しているように思える記述もある。
朝倉氏は言う。
「いつ、どこで、私がネットバンキングのパソコンをとりあげたのか、まったく事実にはないことが記されている。法的手続きが進んでいる郷鉄工所、どうやって乗っ取るのでしょうか」
と朝倉氏は言う。すると、2018年11月26日にも後追い記事が、掲載された。
そこで、朝倉氏は2018年12月4日に当該記事の削除仮処分を裁判所に申し立てた。
「記事をよく読むと、私が郷鉄工所の破たんで大儲けしたと書き、削除命令が出されたアクセスジャーナル(山岡俊介主幹)と似た部分があります。ネタ元は、同じ情報提供者ですかね?
伝え聞くところ、カネを払えば記事を削除してもいいとの話もあるそうですが、泣き寝入りはしたくありません。裁判所でしっかり判断してもらいます」
と朝倉氏は話す。
今も、ネットメディアに書かれた記事に端を発して、銀行取引は凍結されたままだという朝倉氏。名誉回復となるのか?